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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)450号 判決

福井市つくも二丁目五番一〇号

上告人

五十嵐常治

右訴訟代理人弁護士

杉原英樹

被上告人

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

篠原安彦

右当事者間の名古屋高等裁判所金沢支部昭和五七年(ネ)第一四九号不当利得返還請求事件について、同裁判所が昭和五九年一一月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉原英樹の上告理由について

上告人の本訴請求は、上告人が、昭和五二年分所得税につき、分離短期譲渡所得の計算上取得費に算入すべき本件土地建物の取得のための借入金利子を右取得費に算入しないで税額を算出し、これに基づいて修正申告書及び再修正申告を記載して福井税務署長に提出したのは錯誤によるものであり、右各申告は無効であるなどとして、被上告人に対し誤納した税額相当額の不当利得の返還を求めるものであるが、原審の適法に確定した右各申告の経緯等の事実関係によつても、所論の錯誤が客観的に明白であつて、法定の方法以外にその是正を許さないならば上告人の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるとは認められないから(なお、当裁判所昭和三八年(オ)第四九九号同三九年一〇月二二日第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二頁参照)、本件においては、前記各申告の錯誤無効を上告人において主張することは許されないものというべきであり、その他所論の不当利得の発生を肯認する根拠も存しない。そうすると、上告人の本訴請求は失当というべきことが明らかであり、これを棄却すべきものとした原審の判断は、その理由づけは異なるものの結局正当として是認すべきものである。

論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 佐藤哲郎)

(昭和五九年(オ)第四五〇号 上告人 五十嵐常治)

上告代理人杉原英樹の上告理由記載の上告理由

上告理由第一点

一 「資産の取得のために要した借入金の利子は、当該資産の譲渡資産の譲渡所得に対する課税上、取得費等の必要経費に含まれない。」と解する原審の判断は、所得税法第三三条および同三八条の解釈を誤まつており、破毀を免れない。

二 原審は「事業用資産の取得費につき規定した同法施行令一〇三条、一二六条にてらしても右のように解するのが相当である。」と判示するが、業務用減価償却資産の取得価額について規定する所得税法施行令一二六条の解釈としては、むしろ「借入金利子を業務用減価償却資産の取得価額に算入することができる。」と解しうるし、実務上もそのように取扱われているのである(この場合、同令の「資産の購入のために要した費用」に含まれると解釈されているのである)。例えば法人税法施行令第五四条は、これと全く同等の規定であるが、この取扱通達では、資産の取得に関連して支出した租税公課・違約金等が当該資産の取得価額に算入することができることを当然の前提として、「取得価額に算入しないことができる」という表現で、取得価額に算入するか否かを納税者の選択に委ねているのであるし(法人税取扱通達七-三-三の二)、同様に借入金利子についても、それが使用開始の前後にかかわらず当該資産の取得価額に算入することができることを当然の前提として、「たとえ、当該固定資産の使用開始前の期間に係るものであつても、これを当該固定資産の取得価額に算入しないことができるものとする。」という表現で使用開始の前後に係わらず借入金利子を取得価額に算入するか否かを納税者の選択に委ねているのである。(法人税取扱通達七-三-一の二)。ただし、業務用資産の場合、納税者にとつて借入金利子を取得価額に算入する方法を選択する実益がないので、実際にこのような選択がなされているのは極くまれであろう。

三 さらに原審は「当該資産を手持資金により取得した場合においては、取得者は一方で右資金の運用により得べかりし経済上の予測利子相当額を失うわけであるが、この経済上の損失が譲渡所得の算出上取得費とされないことも……これと同様の理で、資産が借入金により取得された場合における借入金利子(この場合における相当額の利子金額も手持資金により取得した場合に取得者の失う右資金の運用による経済的予測利子相当額との間に看過できない程度の金額上の差はない)も取得費に当らないと解するのが相当であるからである。」と判示するが、納税者の手持資金の運用による場合と、借入金の運用による場合がありうることは、こと譲渡所得に限らず全ての所得について共通のことであり、原審の論法で行けば、全ての所得計算において、借入金利子を必要経費に算入することが許されなくなる節合である。

原審は所得計算のしくみそのものを全く理解していないと言う外はないのである。

すなわち、非業務用資産につき、手持資金により資産を取得した場合と借入金によつて資産を取得した場合とを比較した場合、こと譲渡所得に限つて見れば、確かに前者の場合が後者の場合より借入金利子(当然必要経費算入が認められるものとして)に相当する額だけ所得金額が多くなることになる。

しかし、一方前者の場合は手持資金を資産の取得費に充てたことにより、本来右資金の運用により得べかりし所得(原審の言う経済上の予測利子相当額)を失うことになる(したがつてまたその課税を免れることになる)わけであり、この経済上の予測利子相当額と借入金利子との間に看過できない程度の金額上の差がないことは原審の認めるとおりである。

したがつて、前者は、後者と比較して計算上譲渡所得の金額が増えたのに見合つて、それとほぼ同額だけ他の所得が減つている計算になり、それで課税上のバランスがとれているのである。

逆に後者の場合に借入金利子の必要経費算入が認められないとすると、譲渡所得の金額は前者の場合と変らない一方、他の所得については前者が経済上の予測利子に相当する分だけ所得が(したがつてまた所得税が)減ることとなるのに比べ、後者は借入金利子を現実に負担し、それだけ実質的に担税力を減じているにも係わらず、これを他の所得から控除することも出来ないため、かえつて課税上のバランスを失することになるのである。

原審は、譲渡所得以外の所得に対する課税を全く考慮していないのであり、その判示する理由には明らかな不備があると言うべきである。

上告理由第二点

一 原審は、「本件不動産を未使用のまま他に譲渡したのとはいえず……」と判示し、所得税基本通達三八-八の適用を否定するが、右通達にいう「使用開始の日」については少なくとも、資産を取得した目的、具体的使用状況等に応じて、使用・未使用を判断すべきである(本件訴訟後に追加された所得税取扱通達三八-八の二参照)。

二 本件建物は、倉庫兼居宅(倉庫の一部が居宅となつているもの)であつて、その使用・未使用の判断にあつては、上告人の取得目的が具体的にどのようなものであつたか(改造の予定であつたかどうかというようなこと)あるいは現実の使用状況がどうであるか(住居用に改造を加えて入居したのかそれとも一時入居の目的でそのまま入居したかというようなこと、あるいは入居者が使用しているのは建物の一部のみであるかどうかというようなこと)等の事実に基づいて判断されるべきである。

三 また、本件土地の使用・未使用の判断にあつても、本件土地全部が本件建物の敷地になつているのかどうか、それとも一部のみが本件建物の敷地となつており、他は空地となつているのかというような事実の認定に基づいて判断がなされるべきである。

四 しかるに原審は、「五十嵐正明・智子夫婦をそこへ入居させ、以後無償で使用されていた」と事実認定するだけで右の諸点を何ら検討することなく、漫然「未使用とは言えない」と判断しているのであつて、理由不備の違法がある。

同上告理由補充書記載の上告理由

上告理由第一点につき左記のとおり上告理由を補充する。

一 所得計算の一般通則としての借入金利子の必要経費算入

(一) 所得税は、個人に収入が発生した場合において、「当該収入金額」と「当該収入金額を獲得するために要した費用(必要経費)」との差額を所得としてとらえ、これに対して課税するものであるところ、所得計算の一般通則として、右必要経費には当該収入金額を獲得するために直接要した費用の額の外、間接的な支出であつても、当該収入金額の獲得との間に相当因果関係のある費用の額が含まれるのである。

(二) 一般に、他からの借入金によつて資産を取得した場合の借入金利子は、当該資産の取得を起因として発生する収入金額に対して、当該収入金額の獲得のため直接に要した費用とは言えないけれども、当然相当因果関係のある費用として、必要経費算入が認められているのである。

例えば、事業所得・不動産所得および雑所得等の所得計算においては、借入金が当該収入金額の獲得のために必要であつたと認められる限り、当該借入金の利子については当然必要経費算入が認められており、(所得税法第三七条一項参照)また、配当所得の計算においても、他からの借入金によつて当該配当収入の起因となる株式等を取得した場合には当該借入金の利子については当然必要経費算入が認められている。(所得税法第二四条二項参照)

(三) 譲渡所得は、個人が資産を他へ譲渡した場合の対価を収入金額とするものであるところ、当該収入金額から控除されるべき必要経費には、当該収入金額を獲得するため直接に要した費用の外、前述の一般通則に従い当然、当該収入金額に対して相当因果関係を有する費用が含まれると解される。

したがつて、譲渡所得の計算においても、他からの借入金でもつて当該収入金額を生ずべき資産を購入した場合には、当該借入金が当該資産の取得のために必要であつたと認められる限り、他の所得計算の場合と同様、当該借入金の利子は相当因果関係のある費用として、当然必要経費への算入が認められるべきである。譲渡所得の計算に限り他の所得計算と異なる取扱いをしなければならない合理的理由は見出し難い。

(四) 所得税法第三三条二項では、譲渡所得の計算上収入金額から控除すべき必要経費につき、「当該資産の取得費および当該資産の譲渡に要した費用」と表現しており、さらに同法第三八条一項では、この取得費に当該資産の設備費および改良費の額が含まれることを明らかにしている。

これは、一般通則上必要経費を譲渡所得の場合に適合する表現に表現し直しただけのものであるから、右法文上にいうところの「当該資産の取得費」には、当該資産の取得のため直接に要した費用の外、前述のとおり所得計算の一般通則により当然資産の取得に要した借入金利子等の間接の費用も含まれると解すべきである。

(五) 必要経費に算入すべきか否かの判断に、直接的な支出か間接的な支出かということを基準にすることは何ら合理的な理由がなく収入金額に対する関係で当該因果関係があるか否かを判断基準とすべきである。

直接的支出か間接的支出かを判断基準にするとすれば、事業による収入金額に対する所得(事業所得)計算の場合においても、「借入金の利子は、当該事業による収入を獲得するために直接支出するものではなく、当該事業のための資金を他から借入れたことによつて支出するものであるから間接的な支出であり、事業所得の計算上必要経費に算入すべきでない。」ということになり、実務上の取扱いと全く反することになる。

さらに、配当収入に対する所得(配当所得)計算においても借入金の利子が間接的な支出であることは明らかであるから、右判断基準に従う限りこれも必要経費に算入すべきでないことになり、法第二四条二項の明文にも反することになる。

取得費の範囲を直接の支出に限るとする見解は「取得費(取得に要した費用)」という用語にとらわれたものであり、取得費の範囲をこのように直接の支出に限定しなければならない合理的理由がないばかりか、税法全般の通念としても、単に資産の取得費という場合には、当該資産の取得のために間接的に支出した費用についても、当然当該資産の取得費に含まれるものとして取扱われている点をも見落している。例えば、当該資産に関連して支出した訴訟費用・違約金・立退料等は、資産の取得という面からは間接的な支出であるが、一般に資産の取得費を構成するものとして取扱われている。

また、借入金の利子に限つてみても、法人税基本通達七-三-一の二および同七-三-二では、明らかに固定資産取得のために借入れた借入金の利子の額が当該固定資産の取得費に含めることができるものであることを前提としており、所得税基本通達三七-二七および三七-二八においても、(後述のとおり使用開始の日までに限定している点は問題ではあるが)借入金利子の取得費算入を認めている。

二 業務用資産の譲渡および取扱基本通達との関係

(一) 借入金によつて取得した資産が、収入を生ずべき事業の用に供される資産(以下業務用資産という)である場合には、当該資産が将来他へ譲渡された場合に発生するであろう収入金額とはまた別に、当該資産を事業の用に供することによつて当該事業からも収入金額が発生し、これもまた、当然課税の対象となるわけである。

そして、当該資産購入に要した借入金の利子は、右事業収入に対する関係でも相当因果関係を有し、その必要経費とされるべき性質のものである。

(二) 右事業による収入は、当該資産の利用による収入は、当該資産の処分による収入であるから、借入金の利子が両方の収入金額に対してそれぞれ相当因果関係を有し、必要経費たりうるのは当然のことであり、これは例えば減価償却資産の取得価額(この場合は借入金利子を含まない購入価額の意味である)が、(減価償却によつて)事業による収入金額に対する関係で必要経費となると同時に、将来他へ譲渡された場合の収入金額に対する関係でも必要経費となりうるのと同様である。

ただし、一回の支出金額が、二重に必要経費に算入することは税法理論上許されないことであるから、どちらかの収入金額に対する関係で必要経費に算入された場合は、その必要経費に算入された金額については、当然、他の収入金額に対する関係で必要経費に算入することは許されないわけであつて、どちらの必要経費にもなりうるということと、どちらかの必要経費に算入された場合において他方の必要経費に算入が許されないということとは、全く別のことがらである。

(三) 資産購入に要した借入金の利子が税法理論上、事業による収入金額に対する関係でも、譲渡による収入金額に対する関係でも必要経費となりうるものであることは右のとおりであるが、納税者の立場から見た場合、将来いつ発生するか分らない譲渡による収入金額の必要経費とするよりは、毎事業年度に発生する収入金額の必要経費とする方がはるかに有利であるため、納税者の実務上の処理においては、事業による収入金額の必要経費となしうる途がある以上、それを放棄し、あえて譲渡による収入金額の必要経費とすることは通常考えられないわけであり、実務上の取扱いに限つていえば、仮に、「業務用資産の取扱に要した借入金の利子は、各事業年度の収入金額の必要経費とするものとし、当該資産の譲渡による収入金額の必要経費とはしない。」という取扱いを便宜的に認めたとしても格別問題は生じないのである。

(四) しかしながら、業務用資産については右のような取扱いでも、実務上は格別問題を生じないということと、税法理論上の問題とは別であつて、仮に納税者が借入金の利子を各事業年度の収入金額の必要経費に算入することを放棄し、将来の譲渡による収入金額の必要経費とすることを選んだ場合(前述のとおり現実にはあり得ないことではあるが)は、税法理論上これを許さないとする理由は何もないわけである。

これと同じことは第二項で例としてあげた減価償却資産の取得価額についても言えるのであつて、この取得価額もまた事業による収入金額に対する関係でも、譲渡による収入金額に対する関係でも必要経費となりうるものであること前述のとおりであるが、やはり納税者の立場からは、将来いつ発生するか分らない譲渡による収入金額の必要経費とするよりは、毎事業年度に発生する収入金額の必要経費とする方がはるかに有利であるため、納税者の実務上の処理においては、毎事業年度に発生する収入金額の必要経費とするのが通常であるが、仮に納税者が右の処理方法を放棄し、将来の譲渡による収入金額の必要経費とする処理方法を選んだ場合(通常あり得ないことではあるが)は、税法理論上これを許さないとする理由はないわけである。事実、取得価額については課税庁の取扱いもこれを認めている。すなわち、納税者が、減価償却によつて毎事業年度の収入金額の必要経費とすることを放棄し、将来当該資産が譲渡されたときに、当該譲渡による収入金額の必要経費とする処理方法を採つた場合には、課税庁もそれを認めているのである。

(五) 借入金利子にしろ取得価額にしろ、税法理論上、事業による収入の必要経費になりうるとともに、譲渡による収入の必要経費ともなりうる性質のものである点は同断であり、納税者があえて事業による収入金額の必要経費とすることを放棄し、全額を譲渡による収入金額の必要経費として場合には、課税庁がこれを拒む理由は全くないのである。

ところが、業務用資産取得のための借入金の利子についての課税庁の取扱いについては大いに問題がある。

所得税取扱通達二八-三は、「当該資産の使用開始の日までの期間に対応する部分については、事業による収入の必要経費とする方法とどちらも認められる。」という内容となつている。

右通達の意味を、「使用開始の日後は、譲渡による収入金額の必要経費(すなわち取得費)とすることを許さない。」というふうに解釈するのであれば(本件において被告国は、まさにそのように解釈しているのである。)、それは前述の税法理論に明らかに反する誤まつた通達であると言わなければならない。

(六) 右の通達は、業務用資産取得のための借入金利子については、納税者の実務上、各事業年度の収入金額の必要経費とされる場合が多い(ほぼ一〇〇%と言つてもよいであろう。)ことから、そのことと、税法理論上の帰結とを混同したものと思料されるのである。

なお、右通達は、当該資産の使用開始の日の前後によつて取扱いを異にしているが、税法理論上は使用開始の日の前後によつて取扱いが異ならなければならない理由は全くないわけであつて、ただ各納税者の実務上の処理としては、当該資産の使用開始の日までの期間に限つて当該事業年度の収入金額の必要経費とすることなく、当該資産の取得価額に算入するという処理をする場合も多い(これは税法とは別個の企業会計理論上の理由によるものである。)ことから、右のような内容の通達となつたものであろうと推察される。

要するに、右通達は、納税者の採用する処理方法として実務上行なわれている方法を、直ちに税法理論上の帰結と誤解して出された通達で、内容としては誤つた通達である。

右通達が納税者の実務上の会計処理に拘泥した誤つた通達であることは、例えば法人税取扱い通達七-三-一の二などと比較しても明らかであり、この場合法人税取扱い通達の内容の方が正しいのである。

(七) 資産取得のための借入金利子は、毎事業年度の収入金額の必要経費となり得るとともに、将来の譲渡による収入金額の必要経費ともなり得るのであつて、所得税取扱通達三八-八は、(使用開始後は借入金利子の取得費算入を許さないと解する限り)誤つた内容の通達であるが、それでもこと業務用資産の場合においては実務上格別問題が生じない。納税者の通常選択する方法(すなわち納税者にとつて有利な方法)と一致するからである。

ところが、非業務用資産の場合は全く事情が異なる。すなわち、非業務用資産の場合は業務用資産の場合と違つて、もともと毎事業年度の収入金額というものは発生しないのであり、したがつて、その必要経費とするという処理方法は採り得ないのであるから、必然的に、将来当該資産が譲渡された場合の収入金額の必要経費となるべきものである。

しかるに、課税庁は、業務用資産につき納税者の実務上の(この場合は納税者に有利な)処理方法に拘泥した(実務上格別問題は生じないが、税法理論としては明らかに誤つた)前記取扱通達三八-三を、非業務用資産の場合にもそのまま適用し、借入金利子の必要経費(取得費)算入を認めないと言うのである。

その結果が、明らかに当該資産譲渡による収入金額との間に相当因果関係を有し、当然必要経費とされるべき当該資産取得のための借入金利子につき、全く必要経費算入を認めないという不当な結論となつているのである。

(八) 取得した資産が事業の用に供される場合には、当該資産の取得のために要した借入金の利子は、当該資産が譲渡された場合に発生する収入金額に対して相当因果関係を有するため、当該資産の取得価額に算入して、将来当該資産が譲渡されるときの必要経費とすることも可能であるし、一方、当該資産を事業の用に供することにより発生する収入金額に対しても相当因果関係を有するため、取得価額に算入することなく、毎年度の事業による収入金額の必要経費に算入することも可能であるが、納税者の立場からは後者の方がはるかに有利であるため、実務的には後者の方法を採用するのが通常である。

(九) ところが、資産を取得してから当該資産が実際に事業の用に供されるまでに相当の期間が存在する場合には、右期間の借入金利子については、それが将来の譲渡による収入金額に対して相当因果関係を有することについては全く問題はないが、それが当該期間に発生した事業による収入金額に対しても相当因果関係を有するかどうかという点については、若干の疑義を生ずることになる。

すなわち、資産取得のための借入金利子が事業による収入金額に対して相当因果関係を有するというのは、当該資産が事業の用に供されている(すなわち、事業による収入金額の発生に寄与している)から言えることであつて、当該資産が事業の用に供される以前の期間の事業による収入金額に対しては相当因果関係を有しないのではないかと考えられるからである。

企業の事業年度毎の経営成績を正確に計算表示することを究極の目的とする企業会計理論の上でも、「当該資産を事業の用に供するまでの期間の借入金利子については、当該期間の事業利益に対する費用とすべきでなく、当該資産の取得価額に算入すべきである」とする考え方も有力で、事実これに従つた会計処理を行つている企業も多いのである。

(一〇) 以上のとおり、取得した資産を事業の用に供するまでの期間の借入金利子の取扱いについては、納税者側の実務上の処理も分れるところであり、これを取得価額に算入しないで事業による収入金利子の取扱いについては、税法解釈上も疑義のあるところであるので、課税庁側の統一的見解が必要とされたわけであるが、右の必要性に基づき出された、法人税関係の取扱通達が左記の通達である。

法人税取扱基本通達七-三一一の2

固定資産を取得するために借入れた借入金の利子の額は、たとえ当該固定資産の使用開始日前の期間に係るものであつても、これを固定資産の取得価額に算入しないことができるものとする。

右通達は、使用開始後の期間に係るものは取得価額に算入しないことができる(反対解釈として当然取得価額に算入することもできることになる。)ことを前提として、使用開始日の期間に係るものも同じように取得価額に算入しないことができる旨を明らかにするものであり、控訴人の主張と一致する内容となつている。

なお、右通達に言うところの「使用開始」は、資産が事業の用に供されることを意味するのであつて、この点については解釈上も争いがないと思料される。

(一一) 通達は、法人企業に対する課税の取扱通達であるが、事情は個人企業の場合も全く同一であるから、個人企業に対する課税についても当然同様の取扱となるべきところである。

ところが、右法人税の通達では、「使用開始前の期間に係るものであつても取得価額に算入しないことができる。」となつているのに対し、これに相当する所得税取扱基本通達三七-二七では、「使用開始日前の期間に係るものは取得価額に算入することができる。」と表現されている。

一見同じ内容に見えるが、後者の表現によれば、その反対解釈として、「使用開始後の期間に係るものは取得価額に算入できない。」と解釈されることになつて(事実被控訴人はそのように解釈している。)本来同一趣旨であるべき法人税の取扱通達の内容と明らかに矛序することになる。

前述のとおり、これらの通達の本来の目的は、税法解釈上若干の疑義のあつた「使用開始前の期間に係る借入金利子についても取得価額に算入しないことができる。」旨を明確にすることにあつたはずである。

しかるに、右所得税通達の不注意な表現が、「使用開始後の期間に係る借入金利子について取得価額算入を否定する。」という誤つた解釈を生み出す原因となつているのである。

もつとも、すでに述べたように、納税者側の実務上の処理としては使用開始後の期間に係る借入金利子をあえて取得価額に算入する(したがつて事業による収入の必要経費としない)ことは通常ありえないわけであるから、こと業務用資産に限るならば、右所得税通達の内容の誤りは、実務上は格別差支えを生じないわけである。

(一二) 資産取得のための借入金利子は、(当該資産の使用開始の前後を問わず)資産の取得価額に算入することができるし、すくなくとも使用開始後の期間に係る借入金利子は資産の取得価額に算入しないこともできる。

ここまでは税法解釈上の当然の帰結である。

そして、税法解釈上若干の疑義のあるところではあるが、課税庁の取扱いとしては、納税者側に有利なように「使用開始前の期間に係る借入金利子についても資産の取得価額に算入しないことができる。」旨を明確にしたのが、法人税取扱基本通達七-三-一の二である。

そして所得税取扱基本通達三七-二七は、個人の業務用資産につき右と同じく「使用開始前の期間に係る借入金利子につき、これを資産の取得価額に算入しないことができる」旨を明確にする趣旨の通達である。したがつて同通達は非業務用資産について全く触れていないが、非業務用資産についてはそもそも「取得価額に算入しないで、事業による収入の必要経費とする」というような取扱は考えられないのであるから、「使用開始前の期間に係る借入金利子を取得価額に算入しないことができるか否か」というようなことはおよそ問題となりえず、本通達の対象外となつているわけである。

しかるに、課税庁は、右通達の本来の目的を忘れ、右通達の誤つた表現自体を、(反対解釈も含めて)税法解釈上の当然の帰結であると誤解し、右通達に基づいた解釈を行なつている(いわゆる通達の一人歩きである)ため、解釈上種々の矛盾や不合理を生じているのである。

(一三) 所得税取扱基本通達三八-八は、「同通達三七-二二によつて事業による収入の必要経費に算入された部分の借入金利子については、これを取得価額に算入することができない。」旨(このこと自体は当然のことである。)を明確にする趣旨の通達であるところ、「使用開始後の期間に係る借入金利子の取得価額算入を否定している」ものと反対解釈される。誤つた通達(三七-二二)に基づき、しかも対象を非業務用資産にまで拡大しているため、同通達からは「非業務用資産についても使用資産についても使用開始後の期間に係る借入金利子の取得価額算入が否定される。」といつた不合理極まる解釈が成り立ちうるものである。(事実被控訴人はそのように主張している。)

右解釈が不合理である点を、以下項を改めて主張する。

(一四) 第一になぜ使用開始を境にして借入金利子の取得価額算入ができなくなるのか、全く理解に苦しまざるを得ない。

業務用資産に関して言うならば、借入金利子を当該資産の取得価額に算入しないで毎事業年度の事業による収入の必要経費とする処理方法については、当該資産の使用によつて、はじめて相当因果関係が発生するわけであるから、当該資産の使用開始の前後により異なつた取扱をするという考え方も有力であるが、資産の取得価額に算入する処理方法については、本質的に当該資産の使用、未使用とは何ら関係がないのであり、使用開始の前後により取扱いを異にしなければならない理由はないのである。

ただ、業務用資産として使用開始後の期間に係る借入金利子については、納税者の方では取得価額に算入しないで毎事業年度の事業収入の必要経費としている場合がほとんどであり、その場合には当然取得価額に算入することはもはやできなくなるので、実務上、業務用資産の使用開始後の期間に係る借入金利子をあえて取得価額に算入することは通常行なわれていないというだけのことである。

当該資産取得の対価としての借入金利子は、当該資産の利用に対しても、また当該資産の処分(譲渡)に対しても、相当因果関係を有し、どちらに対しても費用(必要経費)たりうるのは当然である。

したがつて、一方の費用となるべきものだから他の一方の費用となり得ないなどという議論は、全くことの本質を理解しないものと言わざるを得ない。

現実にどちらか一方の必要経費に算入された部分について二重に他方の必要経費とすることが許されないことは別の問題である。

(一五) 第二に、業務用資産の使用開始というのは、当該資産が事業の用に供される時点を指している。(この点については解釈上の争いはないと思料する。)が、非業務用資産の使用開始というのはどの時点を指すと解すべきか理解に苦しむところである。

すなわち、資産には本質的に業務用資産があるわけではないのであるから、資産が事業の用に供されれば業務用資産であるし、事業の用に供されなければ非業務用資産であると解さざるを得ない。使用開始(事業の用に供する)というのは、まさに資産が非業務用資産から業務用資産に転化する接点なのであつて、この意味で非業務用資産についてはおよそ使用開始という概念がなじまないのではないかと思料されるのである。

非業務用資産についての使用開始は「事業の用に供したとき」であると解される一方、非業務用資産についての使用開始を「当該資産の引渡を受けたとき」と解し、しかも使用開始後の期間に係る借入金利子の取得価額算入は許されないと解するときは、同じ資産であつても業務用資産か非業務用資産かで異なるという奇妙なことにならざるを得ない。

さらに、非業務用資産であつたものを一旦業務の用に供した上で他に譲渡したような場合、あるいはその逆のような場合は、いつたい当該資産の使用開始の日というのはどの時点と解すべきで、どの時点までの借入金利子について取得価額算入が可能なのか、まさに矛盾百出である。

例えば、本件の場合、控訴人は自分の住居として使用する目的で取得した本件不動産を、結局目的を断念して五年後に処分することにしたわけであるが、仮に処分の直前しばらくの間でも他人に賃貸して不動産収入を得ていたとすれば、本件不動産は不動産収入における業務用資産であるから、業務用資産としての使用開始の日までの支払利息として金四〇九万一五四一円全額が取得価額に算入できることになる。

しかるに、たまたま非業務用資産のまま処分したため、支払利息金四〇九万一五四一円につき一円も取得価額算入が許されないという不合理な結果を生じているのである。

したがつて、仮に百歩譲つて、使用開始後の借入金利子は取得価額に算入できないと解するとしても、その場合、所得税取扱基本通達三八-八にいう「使用開始の日」の意味を、業務用、非業務用を問わず、「事業の用に供した日」と統一的に解するべき(同通達の解釈としては、当然このような解釈も成り立つと思料される。)でそのように解するのであれば、すくなくとも実務上の不合理性は解決されることになる。

なお、同通達を右のように解した場合、非業務用資産の場合は結局使用開始の日がないことになるから、同通達括弧書の「当該固定資産を使用しないで譲渡した場合」に該当することになるであろう。

以上

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